FC2ブログ

「ひきこもり・ニート」回復道具箱

ひきこもり・ニート状態の人の回復に役立ちそうな情報収集と体験談。

「仏通寺の想い出・鈍感力」

   「仏通寺の想い出・鈍感力」


三原の仏通寺さんでの、座禅体験の数々の想い出の中に、
私にとっては忘れられない、「とめどなく涙が」と「禅堂でオナラ」、という小さな事件がありました。

半世紀ほど前、仏通寺さんで、年末年始の2泊3日の座禅会に、
初めて参加させていただいたことがありました。

座禅と、作務と、読経と、講習と、
緊張の中、いっぱいいっぱいで過ごした最終日の食事中。

初めての座禅体験で、わけも分からないまま参加してみたものの、
普段の生活と違って、ハードの一言。
夜座(夜中に戸外で座禅をする)で、睡眠時間も少なく、もうろうとした中で過ごした3日間。

最後の日の食事の頃には、すっかり余分な力が抜けてしまっていて、
ボーとした状態で座っていました。

食事をしていて、フッと思ってしまいました。
「これで終わってくれる。
しかし、これが最後なのか・・・・・・」と思ってしまうと、
急に寂しく、わびしい感情が沸き起こり、泪が流れ出し、止めようとしても止まらなくなり、しゃくりあげながら、
泪と共にご飯を食べるという状態になりました。


しかし、泪が激しく食事が進みません。
激しく嗚咽する自分の姿を自覚しているのですが、普段の、恥ずかしいという感情が起きないのです。
周りの人も、あまり気にしていないなと感じるのです。
担当の和尚さんの平然とした様子からは、時々あることだよという雰囲気を感じるのでした。

対人不安があった自分でしたが、その時の心境は、ひらきなおり、
「人の目はほとんど何も感じないよ」というものでした。

結局食事が終わり、禅堂に戻るまで涙は続き、禅堂に入った途端、
私は緊張が取れたのか、「プー」と静かな禅堂内を響かせる大きなオナラをしてしまいました。

その音を合図に、全員の緊張が解けたのか全員が大爆笑となり、
泣き笑いの、私の初めての参禅体験は終了となりました。

3日間の参禅でもうろうとして鈍感となり、
人前で大泣きしても「恥ずかしさ」をあまり感じなかったという体験から、・・・・・・
普段から、「敏感」を「鈍感」にコントロールするイメージトレーニングをすればいいのでは、
となんとなく気づくこととなりました





「関連記事」・・・・「17歳 初心者仏通寺編」




リラックス音楽










にほんブログ村
応援いただき
ありがとうございます






スポンサーサイト



  1. 2016/07/17(日) 13:13:32|
  2. 「座禅体験」入門

「私の座禅体験入門」(最終章) 行者山太光寺編 

 心の安定を求め、座禅追及の旅が始まったのは、高校1年1学期で中退し、「社会的ひきこもり」のような状態の頃、たしか1年くらい過ぎたころだったと思います。

 他者(世間)とのかかわりに強い違和感と苦痛を持ち、そこからいったん離れることにしました。

 そんな中、なぜ「座禅」というものに興味がわいたのでしょう?
 ある時、見様見真似で、背筋を伸ばし、姿勢を正しジッと座っていた時、非常に楽な気持ちの良い気分を感じたのです。

 それが、「静座」「座禅」のようなものだったのでしょう。

 私は、それを本格的に習ってみたいと強く思うようになりました。

 17歳、いろいろ調べて、まず三原市の仏通寺という禅宗(臨済宗)のお寺へ、自転車で半日余りかけ行きましたが、当日は断られました。
 
 そして、年末年始の3日間の座禅会に、大勢の人に混じって初参加しました。
 きびしくて大変でしたが、それから座禅にはまることになりました。

 同じころに、禅昌寺さんという禅宗(曹洞宗)のお寺の座禅会にも参加し、だんだん他人に慣れていきました。座禅会は、人とあまり話さなくていいので非常に楽で、心地よい空間だったのです。

 そして、それが私の「居場所」だったのでしょう。
 
 「居場所の力」という本を読んだことがありますが、私も実感しています。
 17歳の私は、和尚さんはじめ、参加者の人から多くのものを与えていただきました。

 その後、20歳の頃定時制高校(夜間部)に入り、バイト生活で自活しながら、禅林寺さんの参禅会に通わせていただきました。すぐ目の前で、当時の仏通寺の管長さん藤井虎山老師が提唱されている姿に接しながら貴重な時間を過ごしました。

 その頃、夜学を時々休みながら、仏通寺さんの一泊参禅会にも通っていました。

 その後、日常の座禅が習慣になりました。
 ただ最近(数年前)から足腰の神経痛などで、足が組めなくなり、現在は椅子に座って行う「いす禅」となりました。
 

 現在は、行者山太光寺(天台宗)さんで「イス禅」でお世話になっています。総務の役職の渡部舟海和尚さんには、長くお世話になっています。数年前から広島「もみじの会」に出席していただき支援していただいています。

 又、昨年まで3年間ほど太光寺さんを会場に、「ひきこもり相談会」
 を毎月開催していただきました。最初頃集まった「七人の侍」
 を中心にたくさんの方が参加されました。

 夏は暑いセミの声の中、秋は紅葉と美しい瀬戸内海の展望、冬は小雪ちらつく凍える中、春は満開の桜の木の下で弁当を広げ。

 毎月毎月話し合っていると、だんだん現状認識が深まっていきます。
 おのずと各自の方向性が見えてきて、それぞれが行動を起こします。
 そしてこの場は、居場所であり癒しの空間なのです。

 そして、今年8月より、広島「もみじの会」のWAM事業として、太光寺さんの場所をお借りして「若者の居場所」としてスタートしましたので、私も参加させていただくことにしました。
 
 メインの内容は座禅、写経、ほかに和菓子作り、そば打ち体験
 農業体験、太極拳・気功、ストレッチ、呼吸法、百マス計算など。

 へいぜいは数名で、静かで落ち着いた雰囲気で過ごしています。イベントの和菓子作りの体験では、支援団体の青少年ワークサポートセンター広島(東区)のメンバーの人たちの参加で、大変にぎやかで楽しかったです。

 今月末には、そば打ち体験(江角名人)があり、支援団体のNPO法人 青少年交流・自立・支援センター クロス(西区)さん、青少年ワークサポートセンター広島さんのメンバーさんの参加で、大人数で賑やかな楽しいものになりそうです。



にほんブログ村



ひきこもり ブログランキングへ 





  1. 2015/10/19(月) 12:13:14|
  2. 「座禅体験」入門

座禅体験 禅林寺編 22歳

  その頃私は、高校1年で中退していろいろあったのち、20歳頃に通信制高校に入りました。
 もう一度勉強がしたくなったのです。

 しかし、大勢の中ではまだ抵抗がありますので、人と余り交わらない通信制高校が、ちょどいいと思ったのです。

 しかし、1年近くたつと、一人で頑張ってやって卒業するのは無理だなーと自信を無くしました。

 その頃、時々あるスクーリングの時、夕方から登校してくる人たちと出会いました。

 そこは定時制高校(夜間)のある国泰寺高校でした。

 その時、夜学ならなんとかやれるのではないかと想い、翌年、定時制高校の2年に編入しました。
 そして、だんだん慣れたころ、学校をさぼって、三原の仏通寺の一泊座禅会に行っていました。

 土曜日に汽車に乗って本郷町で降り、そこからは歩いて仏通寺にむかいます。

 しかし、貧乏学生の身、なかなか交通費などで苦労していました。

 そんな時、広島市内の禅林寺さんで毎月座禅会があり、仏通寺の管長さんの藤井虎山老師が提唱に来られることを知りました。

 そして、禅林寺さんは、国泰寺高校のすぐ近くでした。

 それから、これ幸いと、毎月通うことになります。学校をさぼりながら。

 禅林寺さんは、街中の小さなお寺で、民家の間にあり隣にはアパートなどもありました。

 夏の暑い夕方などは、そのアパートから、テレビの野球中継でカープを応援する、大きな歓声が聞こえてきます。

 座禅をしていても、気が気ではありません。

 カープの試合が気になり、なかなか無心の境地にはなれません。

 しかし、それが一番の懐かしい思い出になります。

 藤井虎山老師は、やさしく温かい方でした。
 私もこのような人になりたいとあこがれる、

 いつまでも、心に残る方でした。






にほんブログ村


ひきこもり ブログランキングへ


 

 


  1. 2015/09/21(月) 15:41:12|
  2. 「座禅体験」入門

座禅体験 禅昌寺編 18歳

  17歳、仏通寺で座禅体験をした頃、もう一つのお寺、
        禅昌寺さんにもお世話になりました


その頃、読んでいた「大法輪」という仏教の月刊誌で座禅のことを知り、
 本の出版社にハガキをだしました。

 「広島で、座禅を教えてもらえるお寺はどこでしょうか?」 
   返事のハガキには、三原の仏通寺と広島市の禅昌寺とありました。

 そこで、最初に仏通寺で参加。

 その後、禅昌寺さんを訪ねていきました。

 「ごめんください」

 玄関で声をかけると、ニコニコ顔の若い和尚さんが、

 「ようきたね、まあ上がりんさい」
 と言われ、椅子に座っていろいろ話を聞いていただきました。

 突然訪ねてきた、孤立無業の若者を、暖かく向かい入れてくださり、
   その時の感激は今も忘れることはなく、感謝の気持ちは続いています。

 それが、今の私の、人にお世話になった原点の一つになり、
 なにかお返しできればとの想いにつながっています。

 その後、座禅会に通わせていただき、多くの人の中に入ることに慣れていきました。

 座禅会の場合は、黙って座っているので人と接することは少なく
 非常に居心地の良い居場所となりました。

 その後、和尚さんに仕事の紹介をしていただきました。

 しかし、1か月くらいで仕事と人になじめずにやめてしまい、
 ご迷惑をおかけしたのではないかと思っています。

 しかし、その後も座禅会に通い、少しずつ世間にも慣れていきました。

 ただ、昼間は相変わらず、自転車行脚の生活でした。

 こちらは、曹洞宗でしたので、道元禅師を知り、
 道元禅を学ぶことになりました。

 臨済宗と曹洞宗、両方学べて良かったです。

 その頃、大法輪で、澤木興道老師のことを知り、「無所得、無一物」
  の思想と生き様に強い衝撃を受けます。


 

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 広島県情報へ
にほんブログ村









 
  1. 2015/09/12(土) 17:26:26|
  2. 「座禅体験」入門

17歳 初心者仏通寺編

   その頃、私は高1の夏休み明け二学期初日に、自分で書いた退学届けを提出し、自主退学し毎日ブラブラと過ごしていました。

 人との関わりに苦痛を感じ、人との接触を避けて毎日自転車で出かけ、山の中や、河原の林の中などで、「空手」の教本を片手に練習などをして過ごしていました。


 1年ほど過ぎたある朝、座禅を教えてもらおうと、自転車に乗り三原市の奥にある仏通寺というお寺へ向かいました。

 途中は、八本松町、西条町という山の中の急な坂道を、自転車を押しつつ進んでいきました。

 仏通寺の山門に辿り着いたのは、すでに夕方近くなっていました。


 門前から声をかけるのは大変勇気がいるものです。なんとか、か細い声で「すいませんが座禅をさせてもらえませんでしょうか?」と、見かけたお坊さんに問いました。

 「残念だけど今日はもう夕方だし、急には無理なので、今年の年末年始3日間くらい泊まり込みの修業があり、一般の人も参加できるので、その時おいでください。」とのことでした。なぜか少し、気持ちがホットしました。


 その日は、ふもとの町本郷の風呂屋さんの2階が宿泊所になっていたので、そこに泊まり、翌日家に帰りました。


  そして、年末、いよいよ初めての座禅体験。

  ゾクゾクと大衆が参集

  その数30名前後

  皆さんご年配方が多く、若年者は私と中学生の男子。

  後にわかったことは、この中学生が大変な熟練の猛者。

  3日間、夜中部屋に帰ってこず、外で夜座をやりとうした、ただ一人の人物。

  後に彼は京都の禅の大学へ進む。

 宿泊は広い講堂のような建物。

 各人が、布団と寝場所のスペースを確保。

    いよいよ座禅堂に向かう

 合掌してドアを開け入室。

自分の席の前で合掌

 座布を尻の下に敷き、台に足が掛からないように

 クルリと回って席に着く。

 左の足を右の足のモモの上に置く

 足の上に右手を乗せその上に左手を乗せる

 身体を前後左右にゆっくり揺らし、肩の力を抜き、ゆっくり息を吐く

 (堂内では一切無言)

 合図の音で開始

 しばらくの静寂

 しかし、ごそごそ動く気配などあると

 「動くな!!」という直日さんの大きな叱責が飛び

 身も心もちじみ上がる

 時には直日さんが、警策を肩に担いでゆっくりゆっくり
 座っている目の前を通り、動く気配を感じた人には
 警策で軽く肩をポンと叩き合図をする。
 その合図で、こちらは合掌し、受ける体制をとる
 バシ!バシ!バシ! 左右両方
 終わって合掌

 寒いので、叩かれた後は、ジンジンぽかぽかと暖かい
 自分から受けたいときは、自分から合掌すれば受けれる

 時々、休憩、外へ出る
 トイレは二便往来
 トイレに向かっても合掌


終わって食事
 この時間が一番の苦痛
 人前での緊張が強すぎて、ご飯が喉を通らない
 給仕係の人がご飯を入れる
 極力少量でストップの合図をする
 
 タクワンは音を立てて食べてはいけない
 そして一切無言
 決まりごとの型ですべての動作を行う
 最後にお椀にお茶を入れてもらい、
 タクアン一切れを入れ、洗って飲む
 布巾で食器を拭いて、布に包んで終わる

行事が終了して、宿泊場所に戻ってくつろいで雑談
 しばらくして、直日さん(禅堂の指導僧)が、
 なにやら本を持って来られた

 そして、紹介していただいたのが、仏教詩人の阪村真民さんの
 詩集「二度とない人生だから」でした
 
 その詩集には衝撃を受け、その後、真民さんの詩集を集める
 そして、その後の人生の指針の一つになりました
 「念ずれば花ひらく」「生きる力がなくなる時」
 「宇宙のまなざし」などがあります

 それから、風呂などに入る人は入り、
 部屋の中で長い時間、皆でくつろいでいました
 
 が、直日さんがやって来られて、今度は大声で、
 「こらー、いつまでぐずぐずしているのかー
 早く夜座へ出ていきなさいー」と喝を入れられ
 皆、縮みあがりました

夜座とは、座布団二枚を持って外へ出て、外の階段や、縁側、橋の上、
 木の下とかで座禅をすることとの説明でした。

 私も、仕方なく縁側や川の傍の木の下や、石段などの
 場所を探し座りました。

 夜座から何時に部屋に戻るかが問題です。
 夜中の1時か2時か、何時ごろ戻ればいいのだろう?
 せっかくだから、少しでも長くやってみよう。
 小雪がちらつき、肩にうっすら下りてきたのを覚えています。

強烈な体験ほど、その記憶は生涯残るようです。
 この数日の体験が、その後の人生を決めています。

 仏通寺から家に帰ってきて、何か自信が少し
 ついたような感じでした。
 見える世界が少し違っていました。
 
 そして、苦しい時、つらい時、なにかにつけて
 あの夜座の体験の記憶がよみがえり、人生なんとか
 なるさと思えるようになり、少しだけ
 強くなっていったようでした。

 その後、家で過ごすときは、毎日1~2時間の座禅
 寝る前に座禅
 食事の時や、テレビを見て過ごすときは、背筋をまっすぐ
 伸ばし、足を組んですごす。

 食事の前後は合掌で感謝の念を向け、
 トイレに入る時も合掌

 人に対しても心の中で合掌。
 そして、いつか、全てのことに対して感謝できる
 人間になれるのだろうか?

 そんな生活が始まりました。
 なんの目標もなくブラブラ過ごしていた自分の心の中に
 「禅の修行」という名目を手に入れ、一つの
 目標が生まれました。

 そして、それがいつしか生きていく上での心のバックボーンとなり
 心の拠りどころとなり
 少しだけ、心が安定していくのが感じられ
 生きていくのが少し、楽になっていきました。




人気ブログランキングへ
にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 広島県情報へ
にほんブログ村




  

 

 


 

 

 



  1. 2015/08/30(日) 11:58:57|
  2. 「座禅体験」入門