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「ひきこもり・ニート」回復道具箱

ひきこもり・ニート状態の人の回復に役立ちそうな情報収集と体験談。

見えない未来を切り開く知恵

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    「知恵泉: 小林虎三郎
    見えない未来を切り開く、米百俵の精神とは」

                  (動画より~)

  ”小林虎三郎”(1828~1877)
      越後長岡藩士

   「幕末から明治へ、長岡藩は戊辰戦争で敗北」
   「飢餓の町に届いたのは百俵の救援米」

   「復興のリーダー小林虎之助は、米を売り払い学校に!
    常識外れたアイデア、町を巻き込む大論争に発展」


   「納得させたのは虎三郎の信念。
          ”国が興るも滅ぶも人にあり”」

  米百俵2

  ”23歳・・・・虎三郎、江戸に出る。
          佐久間象山に弟子入り。(塾生:勝海舟、吉田松陰など)

         塾頭に抜擢。
         「学問で非凡な才能を持つ上に情が深く、誠実で、
          なかなか得難い人物だ。」(佐久間象山)

    「1853年:黒船来航」

      虎三郎、幕府に意見書を出すも、幕府の怒りを買い
      故郷長岡での謹慎処分。(社会活動は禁止)

      予想だにしなかった理不尽。
      27歳:長岡に帰郷、自宅に幽閉。(人生のどん底)


  ”窮地を乗り越える知恵
    「見えない未来を切り開くための知恵 その1」

        (ネガティブなものにもヒントあり!)

     「日本の歴史の、失敗した話やネガティブな話題を集めた。」
        (歴史というのは不条理な世界で、自分の思いどうりにはできない。
         人の世は不条理だらけ、そのうえでどう生きるか)


  ”1867年 江戸幕府が倒れる。
   戊辰戦争敗北:長岡藩石高3分の1に。

   明治2年・・・・虎三郎(42歳)
            「大参事」(今の副知事)に抜擢され、町の復興を託される。

   明治3年5月・・・・米百俵(6トンの米)の救援米が届く。
              虎三郎
               「この米をすべて売り払い、学校の費用に充てよう。」

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  ”見えない未来を切り開くための知恵 その2”
     「”夢物語”でも口にしろ!」

      「今学校を立て、将来を任せられる人材を育てる環境を作るべきだと思う。
       町の未来に希望が持てるようにしたいんだ。」

      「現在の飢えを満たすのか、それとも将来に期待をかけるか」

      「町を巻き込んだ議論・・・・長岡復興の第一歩」
      「自ら考えて同意、町は一丸となって復興へ」

  ”明治3年 国漢学校・開校”
      「米百俵を換金した資金、約270両(現在の約2000万円)を使い」
         武士だけでなく、町人や農民も入学可能。

         授業・・・・物理、化学、医学、英語など。(社会実学を)
         1人1人、考える力を伸ばす指導方法。
         各自の学力に応じて独学。ゼミナール方式。

   「夢物語は”未来観”をみんなで共有する」

   「本当のイノベーションとか、本当の変革というのは、
    最初の種の時点では、ほとんど誰も信じていないことばかり。
    みんなが「いいね」と言うのは、
    すでにイノベーションではなくなっている。
    エーッ!?というようなものこそが、社会を大きく動かす種」


  ”故郷を離れ再び江戸へ”
     (病で余命を悟り、最後の仕事を)


     「教科書づくり」・・・・誰もが理解できる教科書」
     「教師の育成」・・・・教育先進国イギリスやアメリカの「教師育成の指導書。
                   「教師必読」(虎三郎が翻訳にかかわり、明治9年出版。
                            全国の師範学校で採用。
                            日本の近代教育に大きく影響)


                     「関連記事」・・・・「変化の波を起こす”スイッチ”の正体」


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  1. 2018/03/22(木) 00:03:58|
  2. 知恵泉

交渉術

   高知県1
     


  「坂本龍馬の交渉術
      2017・11・21NHK”知恵泉”」

           (動画より~)

  ”幕末の風雲児 坂本龍馬”
    今年の11月15日で、坂本龍馬が亡くなって150年。
    身分にとらわれない自由。
    人を引き付ける明るい魅力。
    歴史ファンに愛される、日本史のスーパースター。


      (~龍馬の知恵を読み説く人:国際交渉人~
         国際会議・紛争・企業間の交渉で活躍する交渉人。
         心理もテクニックも織り交ぜたような交渉術を駆使。)

  ”龍馬流交渉術”・・・・①強い相手に交渉で勝つには? (いろは丸事件)
                ②仲の悪い者同士を仲介するには? (薩長同盟交渉)
                ③話し合いのテーブルに着かせるには? (新政府綱領八策)

    ~強い相手に交渉で勝つには?~
        「いろは丸事件」・・・・龍馬率いるビジネス集団・海援隊の船”いろは丸”。
                     ”いろは丸”は土佐藩の荷物を積んで、長崎から大阪に向かっていた。
                     夜11時頃、紀州藩の明光丸(880トン)と衝突。(瀬戸内海)
                     いろは丸(160トン)沈没。
                     長崎で、龍馬たちと紀州藩の間で事故の賠償請求交渉。

          ”龍馬の交渉術”  高知県12

              ・自分に都合の悪いことは無視!
              ・相手の都合の悪いことを突け!

            「世論操作」・・・・長崎の花街・丸山で、歌を、はやらせる。
                         ~船を沈めた其の償いは
                              金を取らずに国を取る ~  よさこい~ よさこい~
                       ・紀州藩のイメージダウン。

           「交渉開始から12日後。紀州藩→賠償を申し出る」              

                        ・船と積み荷の申告→8万両(約8億円)
                             (船・・・3.5万両
                              積み荷・・・「金」の代金約4万両(約4億円)を請求。)
                                (「金」?交渉の初めには積み荷は
                                 「兵器」と言っていたんじゃ・・・・)

          「土佐の家族への手紙の一節・・・・紀州と一戦し、ゆるしてやりました。お笑いください。」

   喫茶店3

  ”国際交渉人”
     交渉ではよく使う手段。
     心理学でいう「確証バイアス」・・・・「自分の主張を強める証拠はどんどん出して固めていく。
                           都合の悪いことはどんどん意図的に無視。
                           相手にも正しいように思いこませるテクニック。」

     「センス・オブ・コミットメント」・・・・交渉相手自身が、決定にかかわったように
                          持っていかせるための秘策。
                          自分は答えを持っているけど、それを明らかにせずに
                          自分が用意している答に、交渉相手たちで到達してもらう。


                          「コソボ紛争調停の時に、
                           5つぐらいの郡・街を7つに分ける必要。
                           白地図に赤ペンで、
                           「お話を聞いているとこんな感じ、こんなんでどうですかね?」
                           できるだけ適当そうに線を引く。

                           「違う違う」「こうだこうだ」と交渉相手が自分で線を引き出す。
                           彼らの手が止まる瞬間が必ず来る。
                           「いい分断線になったじゃないですか」
                           「お前、初めからそれを知っていて、
                            どうして初めから出さないんだ?」


                           「いやいや初めに私が引いた地図の線を(皆さんが引いた線と)
                           合わせてみましょう。」
                           ほとんど合うんです。
                           初めから「これでやりなさい」と渡されると、
                           「おいおいちょっと待て」となるでしょう。



                                 「関連記事」・・・・「知恵泉」(11記事) 

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  1. 2017/12/13(水) 00:03:20|
  2. 知恵泉

負けない知恵

   上杉謙信1




  「知恵泉 上杉謙信の負けない理由
               知っていますか」 

           (動画より~)

  ”戦国武将・上杉謙信(1530-1578)
        「95%の勝率」・・・・70回の戦い
                      (43勝2敗25引き分け)

        ・上杉謙信は「太刀打ち(戦闘)においては、
         日本無双の名大将」(武田信玄)
        ・織田信長との戦いでも勝利。

        ・資金源は?・・・・「越後上布」。「青そ」を都に持っていく。
                   ・入港税
                   ・金山・銀山。金の産出量、全国の3割。

    (ゲスト・指南役・・・・ゲーム制作会社創業者
                 「戦国ゲーム・対戦型格闘ゲーム」
                 ・世界市場→英語を取り入れる。ハリウッド映画化。)

  ”謙信の戦ベスト3”
     第三位・・・・栃尾城の戦い 「時を味方に」。謙信14歳初陣。
     第二位・・・・唐沢山城の戦い 「大胆不敵に」
     第一位・・・・川中島の戦い 「裏の裏をかけ」

                        上杉謙信6

        川中島合戦・・・・上杉謙信 対 武田信玄。(12年間で5回の戦い。)
                   最も激しかった戦い(第4次川中島合戦)
                     (上杉8千、武田2万。相手の裏をかいて上杉勝利)

    「負け戦」・・・・①生野山の戦い(対 北条家)
             ②臼井城攻め (対 北条家)(完敗)

  ”知恵 その一” 
     「迷わせるな!」・・・・相手の虚をついて電光石火に攻める。
                  槍や刀での接近戦・・・槍:65%、鉄砲6%
                     (槍兵に重点・・・機動力に富む歩兵)
                  しかし、接近戦は極度の緊張。
                  その緊張を除くため、「自ら先頭に立ち、敵陣に切り込む」

  ”知恵 その二”
     「潔く撤退しろ!」・・・・(勝ち戦の時でも)「ひとたび頭の中に警報が鳴ればすぐに撤退。
                    謙信はそういう精神の持ち主。」

   上杉謙信7

  ”「指南役」・・・・「次にやらないことが”負け”。やり直すことは負けにならない。」  

            「うまくいかないことには理由がある。 悪いところを治せばいい。」

            「一回で物事はよくなるわけがない。
                  一回でよくなるものなんて、世界のトップにはならない。」

          「見きわめの判断」
・・・・「再起不能になると困るので、
                          勝てないことを続けると、心がすさんで戦う能力がなくなる。
            

                         そこまで行くと一度ひかせて、他のことをやらせる。」
                         「戦う気のない時、戦いに出したらダメですよね。」



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  1. 2017/10/02(月) 00:03:12|
  2. 知恵泉

常識にとらわれず

  一休さん5





  「知恵泉 常識にとらわれず、
        自由に生きろ ・ 大人の一休さん」

            (動画より~)

  ”一休宗純”(1394~1481)
       室町時代。僧侶なのに髪をはやし、ヒゲもボウボウ。  一休さん15

       常識破りの破戒僧。
       
       「破天荒」に隠された秘密。・・・・「真面目な志」 
                           時は南北朝時代、価値観が大きく変わりゆく時代。
                           常識を疑う。・・・本質を見極める。
                                     縛られない生き方。
                                     毒・笑い・怒りを武器に、うそ・権威をやりこめる。

    (一休さんの知恵を読み説くのは)   一休さん30

        元ハードル選手 : 為末大さん・・・・世界選手権2度の銅メダル
                               日本人男子初のトラック競技メダリスト
                               あたりまえとされてきた業界の常識をとことん疑う。
                               コーチをつけず、一人で試行錯誤で独自の走法。
                               一休さんをロールモデル(行動や考え方のお手本)として。
 一休さん12

  ”常識にとらわれない生き方を目指す知恵 その①”
            「大きな悩みに行きづまったら、一休み」

      一休さんの名前の秘密。悟りと俗世の”一休み”
         「有漏路(うろじ)より 
          無時路(むろじ)へ帰る一休み

          雨降らば降れ
          風吹かば吹け」
               (有漏路・・・煩悩・俗世間。無漏路・・・悟りの境地)

             (禅宗はずっと突き詰めて、ある所へ行く。
              それでおしまいではなく、もう一遍元へ戻るという考え方もある。
              娑婆(現実の世界)で生きて死んでいくけど、
              ”現実で”生きるということを、”一休み”と言ったのではないでしょうか。)

  ”為末さん”・・・・スポーツの世界は、体の限界と思われてるけど、   一休さん33

            結構思い込みが限界を決めている。
            頑張るだけでは思い込みを壊せない。

            常識を疑うことで壊れる。
            本当にそうだろうかという瞬間を、どうやって作るかはすごく重要。
            感覚としては、止める・休む・眺めるに近い感じ。

  ”常識にとらわれない生き方を目指す知恵 その②”     
         「あえての炎上で心をつかめ」

     「大きな刀を持ち歩く」・・・・さやから抜けばただの木刀。
                      立派なさやのせいで真剣に見えるだけ。
                      世の中には、これと同じような見せかけの偽物が沢山いるのだ。
                         (見せかけの権威にだまされるな) 
                         (ものの本質を気づかせるための方便)
一休さん20


           ”為末大さん”・・・・スポーツ選手の本を並べると、「頑張れば夢はかなう」という(のが多い)
                       実際にそれを世に当てはめると、
                       うまくいっていない人は、みんな頑張っていないことになっちゃう。

                       僕が書いた本に「諦める力」というのがあるんですけど、
                       「努力しても夢がかなうとは限らない」みたいな。
                       (一休さんは、ど真ん中から行くんじゃなくて
                        ”ユーモア”が入ってるのがポイント。)
                       笑いから入ることで思いを伝えやすくなる。

  ”常識にとらわれない生き方を目指す知恵 その③”      一休さん4

           「年がいなく 自分を変えよう」

      「一休さん 74歳」・・・・応仁の乱(1467~1477) 京都壊滅・焼け野原に
      「一休さん 81歳」・・・・焼失した寺の復興を目指す。
                     権威の外側から権威の中心へ。大徳寺の頂点「住持」に就任。
                     寄付を集めに各地をまわる。
                     
      「一休さん 86歳」・・・・大徳寺・法堂が落成。
                       (一休さんは若い時から、破壊・否定・批判をしてきた。
                        一方に”建立門”といって、ちゃんと作り上げていく。

                        そういう両方あって、どっちか一方ではダメだと、
                        禅のあり方はこうであると示したかった。)



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  1. 2017/08/10(木) 00:03:15|
  2. 知恵泉

夢追い人

   蜊玲・オ・廟convert_20170726113514
  



 「知恵泉 白瀬矗(南極探検家)
     夢を叶えるならこの人から学べ!」

          (動画より~)

  ”白瀬矗(しらせ のぶ)” (1861~1946)  南極12

     人類で最初に南極点に到達したいと夢見た人物。(夢追い人)

    ・少年の日の夢       ・立ちはだかる多くのカベ
    ・訪れない探検機会     ・訓練で死に瀕する
    ・メドが立たない南極への渡航費用
    ・行く手を阻む自然の猛威
    ・南極の地に立った時50歳になっていた。(人生50年といわれた時代)
    ・なぜ白瀬は、一途に夢に向かって進むことができたのでしょうか?

  ”ゲスト・・・・萩本欽一さん (夢追い人)”   南極15

           極貧の高校時代。コメディアンを夢見る。
           芸能界のトップを走り続けるが、その立場に安住せず、 新たな夢を追い求める。
           64歳で球団を結成。
           73歳で大学入学。

  ”白瀬矗”・・・・文久元年(1861)浄蓮寺に生まれる。(秋田県)
           明治5年(1872)11歳・・・「夢へ目覚める」 (人類未踏の地の踏破)
                   (地球の果てには、人類がまだ達していない北極、南極という場所がある。)
     
          最初に目指したのは「北極」
          「北極」を目指し、18歳で上京、軍人に。

    「北極探検」の前に、千島で探検訓練を。(32歳)
    しかし、その後も、「北極探検」の機会は訪れず。

    48歳まで北極を目指していた白瀬に衝撃的なニュースが!!
      「明治42年(1909)、アメリカの北極探検家ピアリーが
       北極点一番乗りを果たしたと、新聞で知る。」


   蜊玲・オ・托シ神convert_20170726113611

  ”知恵その一”
      「夢の本質を見失うな!」
         北極の夢は破れたが、南極の方はまだ成功していない。
         そこで「南極探検」に方向転換。
         夢の本質は、人類未踏の地の踏破。

         しかし、イギリスのスコット海軍大佐が南極点到達に乗り出した。
         取り急ぎ、南極探検の費用10万円(現在の価値で5億円)を、
         国家事業として、国へ請願。 
         しかし、国の支給は無し。

  ”知恵 その二”
      「支える人の輪を広げろ」

        雑誌「探検世界」編集長・ 村上濁浪の協力をとりつける。
        新聞で「南極探検」を大々的に記事にしてもらい広める。
        後援会(会長・大隈重信)が発足し、たちまち5万円の資金が集まる。

        「南極」へ向けて出航。
        明治43年(1910)11月28日(見送り5万人)。白瀬49歳。

    ”欽ちゃん”・・・「夢は大きければ大きいほど実現する。 南極18

             夢が大きいと「この夢 気になる」 という人が寄ってくる。
             テレビに出るのではなく、(新しい)テレビ番組を作る。
             (喜劇王)チャップリンは映画を作ったというから。
             夢を叫んでいると支える人が出てくる。」

  ”南極上陸手前で流氷に阻まれる”
       オーストラリアへ引き返し夏を待つ。
       競争相手、アムンゼン(ノルウェー)も南極に達し、越冬している。

 ”知恵 その三”    蜊玲・オ・点convert_20170726113322

     「夢は時を超える!」

        明治45年(1912)1月16日
        南極の鯨湾に到達。
        5名で突進隊を結成、南極点を目指す。
        1月28日。体力も食料も限界に到り、南緯80度5分最終地点にする。
         (「大和雪原」と命名。)
        明治45年(1912)6月20日、全員無事帰国。


     ”時は移り、昭和43年(1968)12月19日 日本人・南極点到達。”



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  1. 2017/07/26(水) 11:52:57|
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