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「ひきこもり・ニート」回復道具箱

ひきこもり・ニート状態の人の回復に役立ちそうな情報収集と体験談。

壮大な実験・榎本武揚

  春の花3



  「独立!”蝦夷共和国”
        ~壮大な実験~榎本武揚」

             (動画より~)

  ”1868年(明治元年)
         「蝦夷共和国」樹立:総裁・榎本武揚”


    「榎本武揚(旧幕臣・1836~1908)」
      嘉永6年(1853)・・・・ペリー浦賀に来航(黒船)
                    圧倒的な武力に恐れをなした徳川幕府は、
                    海岸防備の強化に動き出す。

      文政元年(1854)・・・・蝦夷地調査(対ロシア)
                     この中に加わっていたのが19歳の榎本武揚。
                       (海防について考える)
                
      文政4年(1857)・・・・榎本は長崎海軍伝習所に参加。
      文久2年(1862)・・・・榎本は幕府に認められ、オランダに留学生として派遣される。
                    5年の留学で、生涯を左右する学問「国際法」と出会う。

                    幕府がオランダに発注した軍艦・開陽丸を引き取り帰国。
                    帰国した日本は幕末の動乱期。
                    榎本は、開陽丸艦長に取り立てられ徳川海軍を率いる。

      「慶応3年(1867)大政奉還」
         (徳川慶喜は幕府に終止符を打ち、朝廷に政権を返上。)
        新政府の徳川への処分・・・・直轄領400万石→70万石に。

  一輪挿し36

  ”榎本武揚の選択”
     ①対戦策  ②恭順策  ③独立策 の選択を迫られる。

     慶応4年(1868)8月19日・・・・独立策を選び、開陽丸で北海道へ向け出発。
     明治元年(1868)12月・・・・蝦夷地で政権樹立「蝦夷共和国」

  ”「蝦夷共和国」”
     アメリカの例にならい士官以上の入札(選挙)・・・・榎本:総裁に選出
     旧幕臣の救済策・・・・農地開拓

     外交・・・・各国代表にフランス語で表明書を送付し、
           各国から事実上の政権と認められた。
        (榎本国家実験・・・・東アジアで、最初の近代的な国際法の下で作られた国家)
            
  春の花13

  ”「蝦夷共和国」の終焉”
     開陽丸、暴風雨に遭遇、江差沖で沈没。
     開陽丸沈没の知らせで、横浜の各国公使は中立を撤回、新政府支持へと動いた。

     明治2年(1869)5月11日・・・・新政府軍、函館総攻撃。
                         新政府軍の降伏勧告を拒絶した榎本はこの時、
                         2冊の国際法の書物「海津全書」を使者に託した。

                         その後、榎本は降伏勧告を受け入れ入獄。
                         新政府への反逆を認定されれば死罪は確実。
                         だが、時代はまだ榎本を必要としていた。

                         きっかけは、「海津全書」
                         函館でこの書を受け取ったのは、
                         のちに首相を務めることになる「黒田清隆」
 
                        黒田は福沢諭吉に翻訳を依頼したところ、
                         福沢は「この本を、よく訳すことができるのは、
                         講義を直接聞いた榎本しかいない」


                        黒田は、頭をまるめ、榎本の助命を願い出た。
                        明治5年(1872)1月。榎本武揚、出獄。
      
  ”新政府での榎本武揚”
    その後、新政府の一員として生きる道を選ぶ。
    明治8年(1875)・・・・ロシアとの外交:樺太千島交換条約。

  ”「獄中詩」”
    「君恩(国為)にいまだむくいず」
      (自分の知識、能力は国のためにつくさねばならない)


              一輪挿し17

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  1. 2018/03/08(木) 13:46:23|
  2. 英雄たちの選択

日本を創った2つの魂

   会津20
 



  ”会津藩 ・ 長州藩”
      「日本を創った2つの魂(スプリット)」
         (英雄たちの選択スペシャル) 

                 (動画より~)

  ”会津藩” 
     (福島県会津若松市)

    会津の精神・・・・「ならぬことはならぬ」
               「什の掟 (じゅうのおきて)」
                 実直な人間を育てる会津藩の教え。
                 会津藩藩祖 保科正之(1611-1672)
                 保科正之の選択ー子孫に掟を残すこと
                   (「会津藩家訓」-徳川幕府に忠誠をつくす)

    中興の祖・・・・会津藩家老・田中玄宰の改革
             天明の大飢饉→経済復興事業・・・「会津漆器」「酒」「朝鮮人参」「養蚕」
             教育改革→藩校「日新館」の設立
                      (真に改革すべきは、経済ではなく、人の心)

    吉田松陰3
  
  ”長州” (山口県萩市)
     長州の精神・・・・「負けからの出発」(西軍の総大将・毛利輝元)
                 (徳川への反抗心)
               1600年 関ヶ原の戦い・敗者の長州はル領土3分の2以上を没収。

                ・膨大な借金・・・・危機意識
                ・リストラ・・・・3万人の家臣を1万人以下に減らす。
                         リストラされた侍は大部分は農民になった。
                         リストラされた侍は教育力があり、教育が広がった。
                          (長州藩・・・私塾106校、寺子屋1304校)
                               ↓
                    人材の発掘・・・「全藩一致」的な人材活用システム
                    外様の危機感と、リストラから始まった「全藩一致」のスピリット。


      「中興の祖」・・・・第7代藩主・毛利重就
                   (長州ビジネス・・・江戸時代の総合商社)

                藩政の改革・・・・4万石の新田開発
                              ↓
                         特別会計(資産運用)・・・「撫育方(ぶいくがた)」を設置。
                              (産業育成の資金に)

                         ・藩の専売・・・「塩」「蝋」「紙」
                         ・越荷方・・・倉庫業、金融業 (下関の港)
                  
                  「撫育金」・・・幕末、長州藩のかくし財産は数百万両
                          その資金が、維新の原動力になっていく。
                  「ビジネスマン的発想」が維新へ・・・新しいものを見つけることが大切。
                                         新しいことにチャレンジすることが大切。

  ”黒船来航→開国”   吉田松陰55

     ・開国か攘夷か?・・・・長州志士の誕生 (長州私塾・松下村塾)
                    長州藩、下関・関門海峡で外国船砲撃。(攘夷)

  ”会津・・・・幕府から京都守護職の要請。”
        京都で、長州と会津の対立に。
        松平容保の選択・・・・攘夷派の追放
        
    「禁門の変」・・・・長州と会津の衝突(長州敗北・朝敵に)

  ”第二次長州征討” 慶応2年(1866年)6月
       幕府軍15万ー長州軍3千
         ・長州の反撃・・・・長州精神・全藩一致→志願兵が次々に現れる。
                     長州藩は、イギリスから最新兵器を密かに購入。
                       (その資金が「撫育金」)
                     長州の大逆転勝利

  ”徳川慶喜による大政奉還” 慶応3年(1867年)

  ”新政府樹立”・・・・「王政復古の大号令」 慶応3年12月
              
  ”江戸城無血開城”・・・・慶応4年4月

  ”会津戦争へ”・・・・ゆずれない信念

                  会津12

      テーマ”なぜ戦いは避けられなかったのか?”
         ゲスト・脳科学者・・・・2つのグループに分けて煽っただけで
                       敵愾心は強まってしまう。
                       それを避けるには、共通の難題を与える。
                        (協力しなければいけない課題を)

         ゲスト・哲学者・・・・人間は放っておけば戦争をしてしまう。
                     なぜ我々は戦争をしないで済んでいるのかを考えた方が良い。

         ゲスト・・・・後世の我々は、”理性を持って総括する”ということは大事。


                                    喫茶店31

      ~りらっくすカフェ・広島~

      (2015・10・25 記) 
     「リラックスできそうな”呼吸法”を始めてみました。」
 

 「呼吸法」はなんだかよさそうと昔から思っていて、いつかはやってみたいと思いながら過ごすうちにいつの間にか年を取ってしまいました。


 昔から、心身の健康法に関心が深く(自分に持たない反動)、図書館で本を借りて読んでいました。

 その中で、「呼吸法」はなんかよさそうなのですが、何かつかみどころがない感じでした。

 費用もかからず、簡単で効果がある(お得な)ことには目のない自分にとっては、これまでやってなかったのは不思議です。

 やり方はシンプルなようです。
  

  シンプルすぎて見過ごしてしまってきたのでしょう。

 あらためて資料をみてみました。

 「ゆっくり深くおなかをへこませながら息を吐き、そしてゆっくりおなかをふくらせながら息を吸い込む」(おなかが出すぎてへこまないのが辛い)
 たしか座禅を教わった時のやり方ににています。 ただ座禅の時は、しばらくたつと自然ないつもの呼吸に戻します。

 「呼吸法」のベテランの方の資料をみると、この「呼吸法」を常時、行うそうです。
 
  常時行うことが上達の方法なのかと、やっと気が付きました。
 
 「腹式呼吸法」とか「丹田呼吸法」とかともよばれているようです

 伝承的に、長く続いている物の中には昔の叡智が詰まっているものがあるようです。

 難しいのは、どんなにいいことでも、意識をしていないと、できないというジレンマを抱えています。

 ずーと長い時間パソコンに向かい、ふと気が付くと目が痛くなり、頭がガンガンします。
 
 よく観察してみると、つい夢中になり、息も詰まった状態でやっていることにきがつきます。

 ここ何日か、その時に意識して「呼吸法」をやってみることにしました。 

 そのほかでも、時々やってみることにしました。

  酸素が十分はいるせいか、少し楽に感じてきました。



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  1. 2017/10/08(日) 00:03:36|
  2. 英雄たちの選択