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「ひきこもり・ニート」回復道具箱

ひきこもり・ニート状態の人の回復に役立ちそうな情報収集と体験談。

「空手道場」入門18歳

 高校1年2学期初日に、退学届けを出して自主退学し、毎日自転車で遠くまで出かけ、そして家に戻ってくるという日々を過ごしていました。
 その頃の我が家は、親子二人の母子家庭で、六畳一間の間借り生活の貧困家庭でした。

 対人不安(人間が苦手)で、高校という集団(社会)から、危険を察知して逃げ出す回避行動だったのでしょう。

 そして、貧困から、高校授業料が払えないという考えが頭の中でいっぱいになり、自主退学を一人で決め一人で実行してしまいました。

 退学届けを提出して家に帰った時、母親は泣いていました。迷惑をかけてしまったなあと思いました。

 退学したものの、六畳一間の生活だったので、私は自転車で外へ出かけることにしたのでした。
 私は、小学校1年の頃、両親の離婚により、田舎の祖母に育てられることになりました。

 そして、転校した学校で、案の定、気の弱い私は、ガキ大将のいじめっ子の標的になりました。

 毎日毎日、頭をコツコツと叩かれ、泣かされるのです。

 すぐ泣くし、なにも抵抗できなかったので、相手は面白く楽しかったのでしょう。

 一度、泣きながら家に帰った時、バアちゃんと親戚のおばさんと二人がかりで、腕を引っ張られ学校へ戻れと追い返されたことがありました。

 一年くらいイジメは続いたでしょうか。

 ある時、みんなが校庭で並んでいた時、またいじめっ子が、つついてきたので、反射的に「やめえや」と言ってしまいました。

 その時、いじめっ子が一瞬たじろいだのを感じました。

 その日から、イジメがきえました。

その時私は、力ではなく「氣」迫で相手を制することができることもあることに、なんとなく気づく。

 そして、後年「氣」の研究をすることにつながります。

 ボクサーなどもそうだと思いますが、打たれて強くなることもあるようです。

 その後、自分の弱い性格にきずき、もう少し強くならなければ、生きていくのにヤバいぞと思うようになりました。

 まず頭に浮かんだのが、イジメにあった経験から、強くなるには空手でしょうという単純発想でした。

 又、隣のガラス店のお兄さんが商大(現在は修道大学)の空手部で、時々、空手着姿で練習しているのを見て、かっこいいなーと憧れたものでした。(後に、私も商大短大(夜間部2年間)に入り空手部に入部することになります。)

  中退した翌日から、小さな空手教本を買い自習を始めました。

 自転車で出かけ、山の中や人目につかない河原や竹ヤブの中で練習をしていました。

 ある時、橋の歩道に立っている電柱に貼ってあった空手道場のポスターを見つけ、入門することにしました。

 入門する決心をするまでに、あれこれ考えて半年くらいかかりました。

 道場は、プレハブでしたが二人の先生は、尊敬できる先生で大きく影響を受けました。

 道場で基本の練習をして、はだしで裏山に走って上がり、広い場所での練習でした。

 1年ほどして、親戚の人の紹介で、尾道の向島という島での仕事に付くため、道場を辞めました。

 向島での仕事は、船の解体業という仕事で飯場暮らしでした。

 飯場暮らしでは人の中へ入れず、窮屈でしたので、夜は尾道の空手道場に通いました。

 しかし、体力も気力もない私には、その肉体労働には耐えられず、数か月でギブアップしました。

 しかし、その時に読んだ本、戦没学徒動員学生のの手記集「きけ わだつみの こえ」に影響を受け、私も又勉強がしたくなり、広島に戻り、通信制高校に入り、1年後定時制高校(夜間)に入ることになります。

 「きけ わだつみの こえ」で私が影響を受けたのは、学問がしたいのに、それができなく、無念の思いのまま若くして死んでいった学徒兵の心情を知り、今の自分ならもう一度学問がやれると思ったのです。

   

  きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)



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  1. 2015/09/17(木) 08:00:32|
  2. 「リラックス法」入門