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「ひきこもり・ニート」回復道具箱

ひきこもり・ニート状態の人の回復に役立ちそうな情報収集と体験談。

北の街ではもう

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 ラジオをつけると、なつかしい歌が流れてきます。
♪”北の街ではもう・・・・・・・・・・”
    ”わけのわからないことで悩んでいるうち
         老いぼれてしまうから・・・・・・・・・・・・・・”

 この歌を聞くたび、いつも思います。
「わけのわからないことで悩んでいるうちに、おいぼれてしまった」
今も又、この歌を口ずさみながら冷たい風がふきだした、
太田川の防波堤を自転車で走っています。

 5年前にも同じ歌を口ずさみながら立っていた防波堤。
あれから何をして、何が変わったのだろう?
過ぎ去ってしまえば5年間も一瞬。
時だけは過ぎ、そしてそのうち時が止まります。

 もうそんなに遠くないであろうその時、
何か悔いは残っていないだろうかと、また点検を始めます。

「思いどうりに生きてみたのだろうか?」
「やるべきことはやってみたのだろうか?」
「多くの方たちに、いろいろとお世話になって、
 ちゃんとお返しはできたのだろうか」
「私のできる、するべきお返しとは一体何なのだろうか?」

おいぼれてしまった今、
朽ち果てないうちに一体何をしていきましょうか?


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   「太田川の防波堤に立ち」(2017・2・21 日記)

2月21日(火)

夕方、太田川の川岸の土手に自転車で行ってみました。
まだまだ冷たい風が吹いていました。

ここは昔、広島空港があったすぐそば。
滑走路が海に向かって、一直線に伸びています。

その滑走路に並行して、川土手の防波堤の道が海に向かって一直線に伸びています。
今は広島空港は山間部の西条にずいぶん前に移転しています。
今はヘリポートとして時々、ヘリコプターが離着陸しています。

川土手から10メートルほどの位置に、
鉄条網がやはり並行して一直線に海に向かって、はられていています。
昔はこんなすぐそばで、飛行機の離着陸が見れたのだと改めて感心します。
しかし、ここからみると空港の滑走路というのは思ったより狭いものです。
こんなに狭い滑走路に、高い空からよく着陸できるものだと改めて感心してしまいます。

   KC3U0081.jpg

昔ここに空港のあった時代、空港のすぐそばにあった、
商業系の大学の夜間部に通っていたことを、懐かしく思い出します。
もう40年ほど前のことになりました。
2年間通い、普通は卒業ですが落第し、
3年目は移転先の沼田へ1年間通うことになりました。

高校1年1学期で中退した後、
20歳頃からアルバイトをしながら夜間の定時制高校に通い、
卒業時に多くの仲間が商大夜間に行こうというので、
学費も安いので行くことにしました。

当時は、市内の反対方向に位置する場所に住んでいて、
長時間バスに揺られて通っていきました。

その頃、どぶ川そばの6畳一間の安アパートに、一人暮らしをしていましたが、
どうやって生きていたのかほとんど記憶がありません。

かすかな記憶は、帰りのバスが同じで近くに住む友人と、
時々札幌ラーメン店の味噌ラーメンを食べた記憶が残っていますが、
あとはどうやって何を食べて生きていたのでしょう?

年月が経てばすべて忘れ去るということは、
寂しくもあり、ああそうなんだと達観するところでもあります。


過ぎた過去の証は、記憶すら日記すら残っていないということは、
すべて消え去るということのようです。

それに比べ、”今ココ”で書いているブログというものは、
自分が消滅しても残っていくものなのでしょうか?



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  1. 2018/11/23(金) 00:03:43|
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